【解説】
十五世紀になって、悪魔と結託した魔女という新たな異端の観念がついに歴史の表舞台に登場する。この異端は単独で犯行に及ぶ個人ではなく、サタンの命により人類全体にたいして兇悪な陰謀をたくらむ集団とされた。こうしたまったく新たな異端セクトの概念は、文書においては、アレクサンデル五世(一三三九頃~一四一〇、対立教皇在位一四〇九~一〇)が一四〇九年八月三〇日ピサに記した書簡において、いまだ過度的なかたちではあるが、いち早く見てとることができる。
この書簡には、悪魔との結託についてはいまだ明示されていない。しかし、異端と悪しき魔術とが結びついた、キリスト教徒を損なう、これまでにない新たな異端セクトの出現についてはっきりと綴られている。なお、「新たな異端」といった言葉そのものは、アレクサンデル五世が初めて使用したものではなく、すでに九世紀から使われており、十二世紀末からはかなり頻繁に用いられている表現である。
アレクサンデル五世はクレタ島生まれのギリシア人で、神学者、フランチェスコ会修道士である。ミラノ大司教、枢機卿を経て、一四〇九年に教会大分裂〈シスマ〉を終結させるために開催されたピサ教会会議で教皇に選出された。ところが、すでに在位していた教皇インノケンティウス七世と対立教皇ベネディクトゥス十三世がいずれも退位を拒絶した。そのため、カトリック教会ではこれは正式な選出とは認められず、アレクサンデル五世は対立教皇とされている。
この書簡は異端審問官ポントス・フジェロンに宛てたものである。フジェロンはフランチェスコ会修道士で、その当時じつに熱心かつ精力的に異端審問の任にあたっていた人物である。彼にたいしては、エウゲニウス四世も同じような趣旨の書簡をしたためている。
【出典】
*Hansen, Joseph, Quellen und Untersuchungen zur Geschichte des Hexewahns und der Hexenwahns und der Hexenverfolgung im Mittelalter, Hildesheim, G. Olms, 1963, SS.16-17; Witchcraft in Europe, 400-1700 : A Documentary History, edited by Alan Charles Kors and Edward Peters ; revised by Edward Peters, Philadelphia, University of Pennsylvania Press, 2001, pp.152-153.
【翻訳】
アヴィニョン、アルル[等]における異端腐敗の異端審問官に任命されたポントス・フジェロンへ。[中略]私が近ごろ遺憾にも耳にしたことだが、あなたの管轄区域内で、一部のキリスト教徒と不実なユダヤ教徒たちが、新たなセクトをこしらえて、キリスト教に反する儀式を執り行なっているという。そして、しばしば秘密の教理を教えたり、説教したり、主張したりしているという。また、あなたの管轄区域内には、キリスト教徒やユダヤ教徒にして、しかも妖術師、占い師、悪霊の召喚者、魔法使い、まじない師、迷信家、易者、そして禁じられた邪悪な術の術者が大勢いて、こうしたすべての連中がキリスト教徒を、少なくともそのなかの無知な者たちを、損ない堕落させているとも聞いている。こうした新セクトの連中にたいしては、教区の官憲と協力しあい、確固とした宣告を下さねばならない。また、そのために必要とあれば、世俗権力の援助を要請すべきである。
[出典:田中雅志
編著・訳『魔女の誕生と衰退 ― 原典資料で読む西洋悪魔学の歴史』 三交社 2008年]