【解説】
イングランドでは、ヘンリー八世治下の一五四二年、魔女や魔術師を死罪とする最初の法律が定められた。ただしこの法律は一度も適用されることなく、五年後に廃止されている。しかし一五六三年に、エリザベス一世によってふたたび魔術取締法(「悪霊召喚、魔法、魔女術を禁じる法律」)が制定され、魔女迫害の幕が切って落とされることになる。
一五六六年イングランド南東部エセックスのチェルムズフォードで、三人の女性が魔女術の罪で告発され、そのうち一人が絞首刑に処せられた。これがイングランドで初めての魔女裁判であった。
被告の一人目は、農家の主婦エリザベス・フランシスである。彼女は「使い魔」である猫を操って、自分を捨てた男を殺したり、夫に障害を負わせたり、乳飲み子に呪いをかけた等の罪状で告発された。二人目はアグネス・ウォーターハウスという六十歳すぎの貧しい老婆である。彼女はエリザベスから猫を譲り受け、隣人たちを呪いで殺したり危害を加えたとされた。三人目はアグネスの娘ジョーンで、彼女も隣人に危害を加えたとして告発された。しかし、母親に不利となる証言をして釈放され、結局のところアグネスだけが処刑されている。
このチェルムズフォードでの最初の裁判は、その後に続くイングランドの魔女裁判や魔女術の告発における特色が典型的に示されているという点で重要である。その特色とは、以下のとおりである。
まず、告発の重点はふつう、さまざまなマレフィキウムに向けられた。悪魔との契約や魔女のサバトについてはあまり取り沙汰されなかった。そのかわりに、犬や猫やヒキガエルの姿をした悪魔である「使い魔」が頻繁に登場する。告発された魔女は、往々にして「使い魔」を飼っていると信じられた。魔女は犬や猫の姿をした悪魔の「使い魔」に自分の願い事を命じ、見返りとして、「魔女のしるし」である特別の乳首から栄養物を与えるとされた。また、処刑方法は火炙りではなく絞首刑であった。
チェルムズフォードの魔女裁判に際しては、裁判の一部始終を記した小冊子が出回った。そこには、被告人の婚前交渉など、センセーショナルな記事が書きたてられている。これが先鞭となって、その後の魔女裁判においても、この種の扇情的な小冊子が刊行され続けた。それらは司法当局者の立場を代弁するとともに、民衆の恐怖や好奇心を煽っており、その結果として魔女妄想の広まりに貢献したであろうことは容易に想像できる。以下のテキストは、一五六六年のチェルムズフォード裁判のおりに刊行された小冊子からの抜粋訳である。なお、チェルムズフォードでは、そののち七九年、八九年、一六四五年にも主要な魔女裁判が開かれている。
【出典】
*The Examination and confession of certaine wytches at Chensforde[sic] in the countie of Essex : before the Quenes Maiesties judges, the xxvi daye of July, anno 1566, at the assise holden there as then, and one of them put to death for the same offence, as their examination declareth more at large, Imprynted at London, by Willyam Powell for Wyllyam Pickeringe dwelling at Sainte Magnus corner and are there for to be soulde, anno 1566, the 23 August.
【翻訳】
エリザベス・フランシスの尋問ならびに供述。
彼女は十二歳のとき祖母から魔女術をはじめて学んだ。祖母は名前をハットフィールド・ペヴェレルのイヴ婆さんといい、故人である。
一 祖母はエリザベスに魔女術を教えるとき、神とその言葉を拒絶するよう、またサタン[Sathan](こう祖母は呼んだ)に自分の血を捧げるよう説いた。祖母はこのサタンを白いぶちの猫のような姿でエリザベスに引き渡し、その猫にパンとミルクを与えるよう教えた。そこで、エリザベスはそのとおりにした。祖母はまた、猫をサタンという名で呼び、籠に入れて飼うようにとも教えた。
イヴ婆さんから猫のサタンをもらうと、エリザベスはまずはじめに、この(サタンという)猫にたいして、金持ちになっていろいろな物が欲しいと願った。すると、猫は願いを叶えてやろうと約束し、何が欲しいのかと尋ねた。彼女は羊が欲しいと言った(彼女が自白しているように、猫は奇妙でこもった声で話したが、慣れればこのように聞きとれたのである)。すると、猫はただちに彼女の牧草地に十八頭の白と黒の羊を連れてきた。羊はしばらくの間いたが、しまいには、彼女にはわけが分からないことに、みないなくなってしまった。
一 エリザベスは羊を手に入れると、次にアンドリュー・バイルズという者を夫に欲しいと願った。アンドリューはかなりの金持ちだった。猫は願いを叶えてやろうと約束した。ただしその前に、おまえはこの男にひどい目に遭わされるのを承知しなければならないと言った。そこで、彼女は承知した。
アンドリューはエリザベスをひどい目に遭わしたあとも、なかなか結婚しようとしなかった。そこで、彼女は彼の財産を台無しにするようサタンに頼んだ。サタンはただちにそのとおりにした。しかし、エリザベスはそれでも満足せず、彼のからだに触れるようサタンに頼んだ。サタンはただちにそのとおりにしたため、アンドリューは死んだ。
一 エリザベスが述べたところでは、サタンは彼女のために何かをするごとに、一滴の血を求めたという。彼女は自分のからだのあちこちを刺して血を与えた。刺された場所には赤いシミが残り、それはいまだに見ることができた。
一 アンドリューが死ぬと、エリザベスは妊娠したのではないかと思い、胎児が死ぬようサタンに頼んだ。そこで、サタンはある薬草を摘んで飲むよう言った。彼女はそのとおりにすると、ただちに胎児は死んだ。
一 エリザベスが新しい夫が欲しいと願うと、サタンは新しい夫を約束し、フランシスという男をあてがった。それがいまの彼女の夫である。ただし、サタンが言うには、この男は前の夫よりは金持ちではないという。また、フランシスと婚前交渉の罪を犯すのを承知しなければならないという。彼女はそのとおりにした。こうしてエリザベスは娘を身ごもったが、結婚してから三ヶ月も経たないうちにその娘は誕生した。
二人が結婚したのち、結婚生活はエリザベスが願っていたような穏やかなものでなく、(彼女が言うには)ゴタゴタ続きであり、悪態をついたり罵りあったりするようになった。そこで、彼女は生後半年くらいの自分の娘を殺すよう猫のサタンに願った。サタンはそのとおりにした。それでもエリザベスは望んだとおりの平穏がえられないので、夫フランシスの足を不自由にするよう願った。サタンは次のようにしてその願いを叶えた。ある朝のこと、サタンはフランシスの靴のところに行き、ヒキガエルの姿になって靴のなかにもぐりこんだ。彼は靴を履くときにそれに気づいた。足がそれに触れて驚くと、これは何なんだと妻に尋ねた。そして、妻にそれを殺すよう言われたときである。たちまち足が不自由となり、いまだに治らないままである。
以上のことがあったのち、エリザベスはこの猫を十五年か十六年のあいだ飼い続けた。そして、噂によればそれに飽きてしまった(ただし、これは真実ではない)。そのため、隣人(貧しい女)のウォーターハウス婆さん宅を訪れると、この老婆がかまどに行こうとしたので、お菓子をおくれ、そのかわりに、生きているあいだずっと役立つものをあげようと言った。老婆はお菓子をあげた。すると、エリザベスはすぐに猫を前掛けにくるんで持ってきた。そして、かつて祖母のイヴから教わったとおりに、猫はサタンと呼ぶよう、また自分の血とパンとミルクをいままでどおり与えるよう言った。エリザベスが本尋問で自白したのは、以上ですべてだと思われる。
死刑に臨んでのウォーターハウス婆さん最後の自白、一五六六年七月二十九日。
ウォーターハウスは(死刑を受け入れる覚悟ができて)ようやく、自分はずっと魔女で、十五年のあいだ忌まわしい妖術を使い続け、数々の言語道断な所業におよんだ、と正直に自白した。彼女はこうした所業を本気で心から悔やんだ。そして、悪魔のような行いによって神のもっとも聖なる御名を汚したために全能なる神の許しを願うとともに、神のまったく言葉では表せない慈悲によりきっと救われるものと信じた。また、傍聴人から尋ねられて、彼女は隣人で仕立屋のワードルという(彼女を怒らせた)男とその財産を損なうために、猫のサタンをこの男のもとにさし向けたことも自白した。こうして、サタンは彼女の願いを叶えるために出かけたが、結局は危害を加えることができずに戻ってきた。ウォーターハウスがその理由を尋ねると、あのワードルめはとても信仰心が篤くて手出しできなかったという返事が返ってきた。 そこで何度も何度もサタンをさし向けたが、ことごとくうまくいかず、男に危害を加えることができなかった。彼女は次に、おまえは祈りや礼拝のためいつも教会に通っていたかと尋ねられると、通ってましたと答えた。教会では何をしたかと尋ねられると、ほかの女の人たちと同じようにし、とても熱心に祈りましたと答えた。どのような祈りをささげたのかと尋ねられると、主の祈り、アベマリアの祈り、使徒信条ですと答えた。それはラテン語で唱えたのか、それとも英語で唱えたのか尋ねられると、ラテン語ですと答えた。なぜ英語でなくラテン語なのか、英語で、つまりもっとも理解しやすい母国語で祈るよう、当局によって、および神の言葉にしたがって定められているのに、と尋ねられると、英語ではなくいつもラテン語で唱えるようサタンから命じられていたからですと答えた。ウォーターハウスは、自分が犯し自白した以上およびその他あまたの犯罪について、嘆き、悔い改め、神のご慈悲と世界じゅうの人々の容赦を願った。そして、そのもっとも貴重な血によって彼女の罪をあがなわれた救い主キリストのもとに歓喜して赴くものと信じつつ、おのれの魂を明け渡した。アーメン。
[出典:田中雅志
編著・訳『魔女の誕生と衰退 ― 原典資料で読む西洋悪魔学の歴史』 三交社 2008年]