クラーナハ、ルーカス(父) Cranach, Lucas the Elder 1472-1553

 北方ルネサンスを代表する画家の一人であるクラーナハは、敬虔な宗教画にあまた取り組むいっぽうで、生涯の後半にはザクセン選定侯の宮廷画家として仕えつつ、王侯貴族や大商人のパトロンたちにお色気ヌードを次々と供給した。たくさんの注文に応えるために、クラーナハは工房の弟子たちにサンプル画を渡して量産に努めたほどだ。宗教改革が吹き荒れる混乱した世相にあって、多くの芸術家が仕事にあぶれて生活に窮するなか、こうしたヌードの制作はじつに実入りの良い飯の種であった。

 往々にして、クラーナハのヌードには悦楽の戒めがほのめかされている。しかし、こうした戒めは世のモラルに配慮した建前にすぎなかっただろう。

 エヴァ、ヴィーナス、ユディット、ルクレティア等々いろいろに呼ばれようと、クラーナハが描くのはいつもまったく同じ女性である。つまり、細身で優しくうねるような体つき、華奢な肩、カールした長い髪、小ぶりで高い位置にある乳房、球根のようなふくらみを帯びたお腹、軽く盛りあがった恥丘、そしてすらりと伸びた美脚の持ち主である。

 クラーナハについて特筆すべきは、ヴィーナスたちをフェティッシュな道具立て一式によって飾り立てたことである。道具立ての細目としては、薄ものの衣、幅広の帽子、ネックレス、宝石、ベルトなどである。美術史家ケネス・クラークも述べているとおり、クラーナハの美神たちが身につけているこれらネックレスやら腰のベルトやら大きな帽子は、明らかに官能的な意図のもとに描き添えられたものにちがいない。

 クラーナハこそ、フェティシズムを西洋絵画に持ち込んだ張本人である。

 

 

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