レオナルド・ダ・ヴィンチ Leonardo da Vinci 1452~1519

 レオナルドのセクシュアリティについては、フロイトの『レオナルド・ダ・ヴィンチの幼年時代のある思い出』(1910)をはじめとして、これまでさまざまに論じられてきた。精神分析学のアプローチがはたしてどこまで妥当かは疑問であるとはいえ、レオナルドが幼くして別れた母親への愛着のために性的抑圧を抱え、ホモセクシュアルやナルシシズムの傾向を強く持っていたのは確かのようである。二十四歳のときに男色の嫌疑をかけられて二ヶ月のあいだ留置されたが、この苦い体験は現実の性行為への淡泊な態度をいっそう深めたと思われる。

 生涯においてレオナルドは性行為に消極的であったものの、だからといって彼の作品世界に官能性が欠けているわけではけっしてない。むしろ豊饒なエロティシズムを湛えているといってよい。イギリスの唯美主義の批評家ウォルター・ペイターは、《モナ・リザ》のうちに、「古代ギリシアの肉欲、古代ローマの淫蕩、霊的な渇望と想像的な愛をともなう中世の神秘主義、異教世界の回帰、ボルジア家の罪業」を見てとっているが、そのとおりであろう。

 官能的な異教世界への回帰がもっともはっきりと表現されたのが、いまは失われたとされる《レダと白鳥》である。この絵画はやがてフランソワ一世の手に渡り、17世紀末まではフォンテーヌブロー宮に所蔵されていたという記録がある。しかし残念ながら、今日では少なくとも3点の習作と同時代のレオナルド周辺の画家による数点の模写をつうじてしか伺い知ることができない。そもそも原画自体が存在しなかったという説もある。

 

 

レオナルド派《レダ》 1510頃
レオナルド派《レダ》 1510頃

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