市民階級が台頭した17世紀オランダの風俗画では、民衆の日常生活に取材した「健全」な情景とともに、売春宿や居酒屋での艶景、寝室でのご婦人の着替え、聖職者の悪徳といったエロティックな主題がしばしば取りあげられた。
こうした風俗画をよく手がけた画家としては、ロウソクの光の効果を好んで用いたヘリト・ファン・ホントホルスト(1590~1656)、レンブラント、レンブラント晩年の弟子アールト・デ・ヘルデル(1645~1727)などがいる。しかし、お色気混じりの風俗画でもっとも健筆を振るった画家といえば、レイデン出身のヤン・ステーンの名を挙げなければなるまい。
ステーンはきわめて多作で、現在では約900点もの作品が知られている。また、風俗画ばかりでなく、肖像画や歴史画や宗教画も手がけるなど、じつに多才な画家であった。
ステーンはヌードを描くことはない。登場人物はちゃんと服を身につけている。せいぜいのところ、女性の胸元か太股を露出させるくらいである。しかしウィット、状況設定の妙、それに題材のレパートリーの豊富さによって、お色気を引きだす術に長けていた。
ステーンはビール醸造者を父親に持ち、彼自身も画家になる以前は何年か居酒屋の亭主をしていた。庶民と同じ目線の持ち主だったといえよう。彼の風俗画からにじみ出る庶民の好色や悪徳にたいする共感と理解は、一つにはそうした経歴からおのずと醸しだされたものにちがいない。