欧米のアート界はいま、ある不穏なスキャンダルで大揺れである。欧米メディアでは連日、憶測混じりで報道が飛び交っている。16~17世紀頃の西洋絵画の巨匠たちをめぐる、ミステリアスな一連の贋作疑惑だ。
捜査はすでに開始されている。かなり込み入った事件のようだ。最大で25点、総額約260億円にのぼる絵画に、贋作の可能性が出てきている。日本ではいまのところほとんど報じられていない。しかし、20世紀最大の贋作事件といわれる、あのメーヘレン事件以来の大スキャンダルへと発展しそうな気配である。
騒動の発端は今年2016年初めのこと。北方ルネサンスの画家ルーカス・クラーナハの《ヴィーナス》が、南仏で開催されたある展覧会で、フランス捜査当局により、贋作の疑いで押収された。当然ながら、この絵画と同じ出所の作品にたいして疑惑の目が向けられることになった。
疑惑のルートを辿ると、Giulano Ruffiniという71歳のフランス人がキーマンとして浮かび上がった。しかし彼は、自分はたんなるコレクターであって、疑われている作品の真贋について述べたことなど決してないと主張。自分は画商たちにアプローチしただけで、作品が本物であると判断したのはその画商たちであるという。
Ruffini氏所有のコレクションの出どころは不明である。しかし、そのうちの少なくとも6作品は、Andre Borieというフランスのもと土木技師が、Ruffini氏以前に所有していたとされる。同氏は1971年にすでに亡くなっている。
クラーナハの《ヴィーナス》と同じくらいに衝撃だったのが、17世紀オランダの画家フランス・ハルスの《ある男》という肖像画をめぐる贋作スキャンダルである。出どころを辿ると、やはりRuffini氏を経ている絵画である。
同作は2011年にオークションに競売に出品され、約8億5千万で落札された。それが今年なって、販売したイギリスのオークション会社サザビーズは、購入者にたいして全額返金せざるを得ない事態になった。オリオン・アナリティカル社による最新の科学的解析で、当時の画家では使用できない現代的素材が検知されたのである。
バロック期イタリアの画家オラツィオ・ジェンティレスキ作《ゴリアテの首を持つダビデ》、バロック期スペインの画家ディエゴ・ベラスケス作《枢機卿ボルジア》も、贋作が取り沙汰されている。
疑惑の作品を列記したリストがフランス捜査当局から近く公表されるのでは、との予測もある。今後の事の成り行きに注目である。(2016年10月17日 記)
左: クラーナハ《ヴィーナス》
中央:ハルス《ある男》
右 :ジェンティレスキ《ゴリアテの首を持つダビデ》